サイタ サイタ サクラガサイタ
開花宣言の朝、隣家の桜が宣言通りに開き出しました。さあここから、今年も花いっぱいの季節の始まり始まり〜。
昭和の言い方で「あと何回この花を見られるだろうか」という、テンプレートというか常套句がありました。小さい頃(昭和40年代)はまだ世の中には『やや戦後』の空気感だったので、「貴様と俺とは同期の桜 咲いた花なら散るのは覚悟 みごと散りましょ国のため」が、夜になると歓楽街のスタンドバーから漏れ聞こえてくる、そんな時代でした。パチンコ屋の定番は軍艦マーチだったし、蘇州夜曲、別れのブルース、酒は涙か溜息か・・・やや戦後。
あれから幾星霜、桜にそのような決死の覚悟の悲壮感、無常感、涙を連想することはなくなりました。道ゆく人は足を止め、みなさんフレッシュに花を見上げています。この、人を見上げさせることが、ぼくはソメイヨシノの最大の魅力だと思うのです。
上空の花に誘われて見上げる。瞳が開いて光が入ってくる。顎が上がるので口がポカーンとなり気道が開いて、自然と深呼吸をしている。背筋が伸びる。ついでに、記憶の棚からお花見の賑わいや入学式で咲いていた校庭のシーンを思い出すことでしょう。
こんな威力を持った花は、他にはありませんよね。
貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く。おふざけで口ずさんだことはあったものの、それは親世代の大ヒット曲です。時代ですよね。年号は昭和から平成へ。印象的だったのが『夜桜お七』。あれは戦後感覚をオマージュしながら情念的な演歌に仕立てた曲で、確かベストテン番組に出ていたから・・・坂本冬美・・・調べたら1994年でした。ぼく34歳。あのあたりからようやく、桜に乗っけられた戦後感が消えていったのかなあ。その後はご存じ桜ソングの時代がやってきます。河口恭吾、ケツメイシ、森山直太朗、コブクロ、アンジェラ・アキ、いきものがかり、サザン、福山雅治、宇多田ヒカル・・・数年に渡ってまあ次から次へと桜の曲がヒットしました。
これほど歌になるということは、やはり多くの人の記憶に咲いている特別な花なんですよね。もっと遡れば在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば」や良寛さんの「散る桜 残る桜も散る桜」とか、短歌や俳句のお題でもありました。
歌は世に連れ世は歌につれ 変わらぬものは桜花かな
人を見上げさせる特別な花を、これから10日ほどですかね、存分に楽しもうじゃありませんか。花に目がいく、意識がいく、思いを馳せる、なんと素晴らしいことか。戦争に巻き込まれたりしたらそれどころじゃなくなりますから。
そうそう、ソメイヨシノの寿命がそろそろ尽きてしまうという危惧を耳にしたのは二十歳の頃でした。ですから45年前。あと、ススキが外来種のセイタカアワダチソウに駆逐されるというのも話題になりました。でも、まだ尽きていませんよね。たぶんこれほど素晴らしい花木が暮らしから尽きることはないです。少なくともこっちの寿命の方が先に尽きてしまいます。
散る桜 残る桜も散る桜 みごと咲きましょ◯◯◯◯◯
◯◯◯◯◯に、あなたは何を入れますか? 人のため、家族のため、自分らしく、大願成就・・・まさか・・・国のため?
孫たちが大人になっても、ポッカーンと口を開けて花を見上げる世の中でありますように。サイタ、サイタ、サクラガサイタ。

















