仰ぎ見て 孤独のグルメ 大岡川
サクラの季節がやってくると、ぼくは毎年同じことを考え綴っています。それは「見上げる」です。サクラは人を見上げさせる。人は見上げることで心身の調子が上がる。調子が上がるからお花見を楽しんで、川沿いの桜並木を大切にする。人とサクラのいい関係。
ソメイヨシノを毎年大量に写します。
撮らずにいられない魅惑の花。
そして毎回思うのは写真の無力さです。
(自分の力量は置いといて)
画像も映像もこの花を再現することなどできない。
プロだって、できっこない。
ソメイヨシノは体感する花なのでしょう。
繰り返しになりますのでさらっと「心身の調子が上がる」の解説をしておきましょう。見上げる動きは気道を開いて酸素を取り込み、瞳も開いて視野が広がり、背筋が伸びてリンパが流れ、空をバックにした花の姿に心が開放される。光を背景にして見上げる位置に取り付けてある、教会のステンドグラスと同じ理屈で、サクラは人々を良き道へといざなってくれる花木なのです。おやおやいったい何があったのかな子羊よ。肩より低く首を垂れてトボトボ入ってくる人に「そんなに足元ばっかり見ていたら、かえってつまづいてしまうよ。顔をあげて、前を見て、空を仰いで進みなさい。アーメン」。
この『見上げる効果』にはもう一つの理由がありますので、今日はそのことを。
お母さんと手を繋いで歩いた記憶を引っ張り出してみてください。転ばないように、駆け出して怪我をしないように、母親は子供の手をしっかり握って歩きます。子供の歩調に合わせて、お話をしながら。その時母を見上げる子供は完璧なるの信頼(安心)の中にいて、お母さんの言葉のひとつひとつを全知全能の神からの啓示として受け取っています。
幼い子の世界観はとても狭いもので、自分と母親が世界の全てだという、そんな時期があるものです。行動範囲は自宅、ひとりで行ける家の周辺、幼稚園、お菓子を買ってもらえるお店、その限られた場所を宇宙のように広く感じている。その心理的には広大で物理的にはとても狭い世界を、幼子は発見と歓びと不思議が渦巻くワンダーランドと捉えています。「ねえねえお母さん、あれは何?あれは?じゃああれは?」質問攻撃期はこの頃です。
その時期に母の顔を「見上げる」ことは、100%リスペクトの「仰ぎ見る」だったはずで、瞳はステンドグラスに描かれた聖母マリアを仰ぎ見る信徒の如く、純粋無垢にキラキラしていたことでしょう。
サクラは人を見上げさせる。人はサクラを仰ぎ見る。母に手を引かれて歩いた日のように。
「親」や「大人」ではなく、あえて「母」という設定にしたのではありません。やはり母親なんですよ、子供の心を健康に導く存在は。ぼくは父親ですからなおさら強くそう思っています。父親ができることなど、女房の口撃、激しい空爆にもめげることなく、顔で笑って心で泣いて、働いて働いて働いて働いて働いて、せっせと稼いでくることくらいのものです。
明日から4月。自転車の取り締まり、税率アップ、値上げ、いろんな試みがスタートします。それはいいとして、気になるのは離婚した夫婦に共同親権を認めるそうでして・・・ぼく自身、いつかそんな世の中になったらいいのになあ、と思っていたのはかれこれ30年前のこと。ようやくそんな世の中がやってきたわけですけど、現実はそうそう単純ではないようです。個々の事情に目を移したら虐待や依存症や暴力や、尋常ではない状況の末の離婚であって、子供は無垢な精神のままその嵐に巻き込まれているわけです。はい、今月から共同親権ですから・・・というのはあまりに乱暴ですよね。もちろん裁判所の判断は子供の心にフォーカスされているでしょうから、繊細なジャッジメントと指導がなされるでしょうけど。問題は制度ではなく、別れた両親のそれぞれに親の資格があるかどうか、子供を育てる能力があるかどうかです。自分の傷を癒すことで精一杯な人も多いですから(圧倒的に男の方が)。双方ともダメならぼくが育てます(あ、つまり、社会が)。
お母さん、子供と手をつないだらお話をしながら歩いてくださいね。「危ない!」と「早くしなさい!」を交互に叫びながら子供を引きずっていたのは昭和の風景。今は幼い歩幅に合わせた歩みで、キラキラした瞳の問いかけに、ニコニコ回答しながら行きましょう。
ライトアップされた大岡川の桜並木は今年も見事に咲いています。上を見ながら行く人たちを対岸の居酒屋から眺めつつ、焼き鳥とお新香とホッピーで孤独のグルメ。お客様の庭でお花見を終えた帰り道に、もう少しお花見気分を続けたかったもので。
見上げる、仰ぎ見る、母親、共同親権、つらつらとそんなことをが浮かび、手帳を取り出し書き留めました。
いいのいいの、大丈夫。日本には鮮烈な四季があって、毎年ウキウキしながらソメイヨシノに集う民族の国なんですから。春の天気みたいに行きつ戻りつしながらも、着実に世の中は良き方向へ向かいます。
・・・少し飲みすぎたかな。
あ、いかん、井之頭五郎は下戸でしたね。

















