ところで、Beast、わたしたちの新居は用意できているのかしら。きっとまだよね、突然の展開だったから。
うん、まだ何も。
いいのよ、そうよね、まだ何も用意できていないわよね。それでいいんだけどそのままではだめ、わたしは庭がない暮らしは無理だから。
えええ、庭?
そう、庭。
いいじゃないか、これからぼくたちはここで暮らすんだから。広大な庭があるこの城で。
ちょっと待って、Beast 。わたしは過去を捨ててあなたと暮らそうって決めたの。あなたは私のために、わたしにふさわしい新たな城を築いてくれなきゃ、庭付きのね。そんなことすらできないんだったこの話はご破算、なかったことにしましょ。
お、お、おい、待ってくれ。そ、そんなあ・・・。
だってそうでしょ、この庭はあなたの過去なのよ。その過去の舞台に魔女の呪いが解かれたあなたが加わっても過去は過去のままでしょ。過去の庭で暮らしたら、あなたはあの恐ろしくて醜い過去のあなたに戻ってしまうに違いないわ。
そんな言い方はないだろ。なんだよまったく、この高慢ちきなわがままお嬢様。
あら言ったわね。そうよ、あなたはそういう人なのよ。でかい図体とやさしい物言いのコントラストで女をたぶらかす化け物にねえ、わたしの気持ちなんてわかりっこないんだから。なによ、「いいかい、心の瞳で見つめるんだ」とか言っちゃって。そんなフリを出されたら誰だって乗るしかないじゃない。どうやら私の決断は、果てし無き後悔の航海が始まるドラの音だったようね。
・・・、・・・、ごめん、Beautyベル。わかった、よおくわかった。ぼくが悪かった、どうか機嫌を直してくれないだろうか。
あらBeast、案外物わかりがよろしいのね。
はい、愛しきベル、白状すれば父は極度な恐妻家でしたから。ぼくにはとても優しかった母は父に対して結構きつかったようで、ことに酒が入ると人が変わったように狂ってしまいそれはそれは悲惨な日々であったのだと、後に侍従長から聞きました。父は母の酒癖の悪さに怯え、刃のような暴言に苦しみ続ける人生だったそうです。女性への物わかりの良さは、そんな苦悩の末に、論理を度外視した母への従属しか選択肢を見つけられなかった、そんな悲しく哀れな父譲りのものです。
なるほどね、けっこう大変だったのね、お父様。ご同情いたしますわ。同情ついでに、おかげであなたが物分かり良く育ったことに感謝もいたしますわ。ついでのついでにもうひとつ付け加えるなら、お母様がアル中になったのは誰のせいなのかしら?きっとお父様が国政に夢中でお母様の欲求に気づかなかったからだと思うんだけど。女が欲求を満たされないときに狂うのは、神が与えし最大の特権だということはシェークスピアという戯作者の常套句。狂った者勝ちなんだからお母様は勝利者そのもので、お父様はただの敗者なの。あなたはその哲理を学べたんだから幸運だったわね。あなたも幸せになりたいなら、せいぜい私の欲求を満たすことに専念なさいまし。
御意。で、お嬢様、どんな庭がお好みで?
そうねえ・・・とにかくここの庭は嫌いなの。トピアリーがシンメトリーで、真ん中に噴水があって、一年中美しく整えられていて花が咲き乱れている、まるでアルコールとドラッグでメンヘラに傾いてしまった頃のミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオが描いた絵のように、華麗なる狂気に満ちていて、同時に逃れようもなく醜悪で、まごうことなく美的に優れているのに見れば見るほど果てしなくつまらない庭。カラヴァッジオは大好きよ、バラもね。でもわたしはもっと美しい花を咲かせたいのよ。
バ、バラよりも美しい花?も、も、も、もしかして、布施明の・・・・
そういうこと。わたしはね、わたしが主人公の庭が欲しいの。つまりわたしが輝ける庭、わたしが絢爛に咲くための庭が欲しいのよ。