Garden Re- Quest 音楽家の庭
家を建てて数年が過ぎ、最初から外構も庭も、門扉・表札・ポスト・インターホン、通路や物干場や植え込みなど、一般的に必要と思われる構成ができ上がっていいます。ええっと、植物の整備をすればいいのかな?くらいに思いつつピンポンを押しました。
音楽家のご夫婦は、ヨーロッパの暮らしが長かったこともあって、今時の日本的にまとめられている家の周囲に、「こうじゃないんだよ」という気持ちが膨らんできたと言います。そしてぼくを探し当ててご連絡をいただきました。
現地に伺いさっと外を眺めてから、促されるまま室内に。そこはグランドピアノとチェロがそれぞれ数台並ぶ、広大なリビングなのかスタジオなのか、ぼくの日常では見たことのない空間です。
ヨーロッパのアンティークであろう心地の良い椅子に腰掛け、紅茶をいただき、庭の話に入る前に話題はフェルメールとその時代背景、バッハとピアノとチェンバロのこと、弾厚作のゴーストライターは山本直純説など、まあ楽しい楽しい。時を忘れて盛り上がりまして、「ごちそうさまでした」と挨拶をして帰宅の途に。
車中で、さてと、ところでご要望は何だっけ?
これ、よくあることなんです。肝心な話を何もしていない。でも大丈夫、おふたりは生活空間としてときめきを感じる外構と庭にリフォームしたいのだと解釈しました。具体的にどうこうじゃなくて、暮らしの場を屋外に広げて、庭とそこにある自然にインスパイアされながら、日々気分が上がるような仕立てに変身させたいのだと。
アーティストならではのその欲求は理解できます。ぼくはアーティストを自称することなどできませんが、実際は似たようなところがあって、日々自分の心のコンディションが勝負の精神的アスリートのような職業なのです。大谷翔平やオリンピアンがトレーニングを怠らないように、日常的に、仕事以外の時間も想像と創造を繰り返しながら、暮らしからフレッシュなインスピレーションを拾い続けないと自分が機能しなくなってしまいます。ぼくの場合は料理と洗濯と、夜の庭で時を過ごすことを抜きにしたら、仕事は一歩も進まなくなることでしょう。
具体的なご要望は出てこない。何となくの方向性は見えている。おふたりは音楽家。ではこれで行こうと、僭越ながら自分と女房をミュージシャンだと仮想して、「もしもここが我が家だったら」というコンセプトを据えて描きました。
プレゼンテーションの時もほとんど具体的なご要望は出て来ず、音楽話で盛り上がり、そのまま施工となりました。








































庭が完成し、ご夫婦から夕食にお呼ばれしました。もちろん庭でのバーベキューです。
その後も何度か店に遊びにきてくださって、ほとんど打ち合わせしないままで完成した庭に、とても満足していただいているご様子で、うれしい限りです。

















