会場は湯沢の温泉旅館でした。
愛ちゃん米寿の祝い
母親の米寿の祝いということで、孫たちを連れて里帰り。
里帰りなどと言うと大仰で、関越道を使って3時間ちょっとで故郷の小出町(魚沼市)に着きますから、毎週末に行こうと思えば行ける距離です。
ところが年々故郷は近くて遠い場所になるもので、年に数度、主に冠婚葬祭で行くだけとなりました。
米寿とは数え年で88歳ですから、母は87歳です。
母がこの歳になっても、元気で充実の日々を送っていることに感謝の気持ちでいっぱいになります。
年寄りの最大の務めは元気で長持ちすることだなあと、自分も年寄りの部類に入る年齢になった今、つくづくそう思います。
母親とは我ら男の子にとって特別な存在です。
もちろん大好きで、しかし振り返れば大嫌いな時期もあり、若い日の母は母なりに子育ての苦労や葛藤があったようですし。
そんな記憶の断片を辿ると、いつも有り難さと申し訳なさと、自分の若さゆえの未熟さで心配をかけた数々の失態の恥ずかしさとか、複雑な思いで胸が苦しくなります。
今回の祝いは妹が企画してくれたものでした。
今現在のぼくんちもそうですけど、娘の存在は大きなものですよね。
自分も含めて世の男子は概ね、こと親のこととなると役立たずなものです。
やあそれにしても、母の子供とその連れ合いと孫とひ孫が一堂に会すると、これほどの人数になるんだなあと驚きました。
その全員に大きな愛情を注いでくれた母に、これからも、どこまでも、元気で楽しく暮らしてほしいと願っています。
それと田舎で暮らす親族一同の一人一人が、普通に気が優しくて、普通に頑張り屋で、普通に愛情豊かにそれぞれの暮らしを維持していることも感じられて、うれしいやらありがたいやら。
同時に、都会で暮らしながら、どこか田舎基準での普通さを失っている自分が炙り出された気もして・・・。
うまく言えませんけど、元々正真正銘の田舎者なんだから、その感覚を見失ってはいけないなと、純朴一辺倒の魚沼のあんちゃんを取り戻さねば、などと、写真を整理しながら反省した次第です。
自分らしさ。
・・・穏やかで、基本ボケーっとしていて、自己肯定感など塵ほども持ち合わせておらず、魚釣りと野山を歩き回るのを楽しく感じ、音楽と本が好きで・・・ストップ、ストップ!
いかんいかん、ちょっとノスタルジーで、思考が空ゆく雲に乗って、しばし遠くへ漂ってしまいました。
ヒデ坊、ボーッとしてないでシャキッとしなさい!
よく大人たちから言われたなあ〜。
今は女房に、強めの関西弁で同じようなことを言われています。
とほほのほ。
そうなんですよ、シャキッとしていないヘナチョコな木偶の坊ぶりががぼくのウィークポイントなんですね、昔から。
まあ、ここまできたら直らないでしょ。
皆様お許しくださりませ〜。
母ちゃん、ありがとね。
これからも、いつまでも、元気で明るい、親族全員の素敵なおばあちゃん、岩渕愛さんでいてください。
あれは今から20年以上も前の夏、8月4日の夕方でした。
母から電話で「おい、ジュピターって曲知ってるか?長岡の花火で流れてさあ、おらあ泣けて泣けて」と。
母を感動させてくれた名曲の力か、毎年アップされる長岡花火のYouTubeで、毎年涙が止まらなくなる。
やはり何十年経ってもシャキッとしないぼくなのです。
母ちゃん、いつまでもシャキッとして、みんなの太陽でいてくれよ。

















