今回ご紹介するのはファミリーガーデンではなく、病院の庭です。院長の患者さんへの思いや庭への興味が強く、そのパワーに引っ張られる感じで、かなり念入りに、じっくりと時間をかけた設計でした。今日から数日そのデザインプロセスをお楽しみ下さい。
これが着工前の様子です。患者さんの待合室の外にソテツが一本あるだけの更地です。
院長によると、皮膚科がメインの吉永医院では、お年寄りが長期に通院されるケースが多く、患者さんから自宅の庭のハーブや苗木をプレゼントされたり、草花の話で盛り上がることが多々あるとのこと。そこで、この待合室に隣接した庭を、屋外の待合所兼患者さん同士のコミュニケーションの場、プラスヒーリングガーデンとしてデザインすることになりました。
普段の設計とコンセプトが異なる“ 患者さんのための庭 ”ということで、最初は妙に力んでしまって、園芸療法の本を読み返したり、インターネットで医療施設の庭を拾い集める数日間でしたが、ひと通りそうしてみると気持ちが落ちついてきて、普段どおりに、コンセプトメイク→ゾーニング→素材選び→立体構成→植栽計画・・・と、いつものペースに入ることが出来ました。これは癖なんですが、たいがいの依頼には「任せて下さい」と返事して、実はその時点ではノーアイデア。しばらくの間、迷路の出口を探すように混乱していると、必ず出口の光が見えてくるのです。あとは夢中でそっちに突進する、そんなことを繰り返しながら、結果的に新たな知識や経験を得てきました。
妻カオリちゃんは20代の政治活動時代に、よく仲間たちから「カオリのその根拠の無い自信は何!?」とよく言われたそうなのですが、この根拠は無いけど自信満々な感じが私との共通点なのです。考えたらデザインするってそういうことなのです。まずOK! 大丈夫! よっしゃあ、やってやろうじゃないか! と気合いを入れて、でもその時点では紙は白紙です。最初の気合いをエネルギーにしてラビリンスをさまよいながら何かを具現化していく、そんな作業です。この白紙に向かったときの何の保証もマニュアルも無い不安定な状態にワクワク感を感じたり、そこから抜け出したときに快感を感じたり、デザインはそういうタイプの(いささか自虐的な)人に向いた仕事なのではないかと思います。
では、その自虐的創造作業のプロセスをご覧下さい。
Concept・Point
□ 医院待合室に併設する庭
□ 待合室からの景観を考え、遠景には立木を、近景にハーブ類・草花を植える
□ 診察の待ち時間を庭で過ごせるように、溜まりのスペースをつくりベンチを置く
□ 樹木は落葉樹をメインに構成する
□ お年寄りや長期通院の方との話題作りのために、植物にネームプレートを付ける
□ 車イスが通れる通路幅を確保する
明日はゾーニングです。
プランニング初期段階での混沌から抜け出したときに、次々とアイデアが出てきてかえって収拾がつかなくなることがあります。そこで、ある程度の基本方針を決めて、いくつかのラフプランにまとめていきます。
この4プランのどれを選択するかということではなくて、それぞれの意図とポイントを説明しながら雑談も交えてじっくりと打合せを行い、そこで出た要素をまとめることで次のPlan Eを導き出す、というやり方です。
こうしてカタチになると、院長だけではなくて看護婦さんや院長のご家族、患者さんまで参加して実にいろいろな意見が飛び出しました。さあ、ここからが勝負です。
明日はこのA~Dを元にして出た多くの意見を、取捨選択したり、ジグソーパズルのように組み立てたりして出来上がった Plan E です。
Plan E
構成素材
まくら木(スタンド、ステージ、花壇)
コンクリート平板(既存)
ジュラストーン乱張り
テラコッタプランター
ウッドベンチ
大磯砂利
生け垣
落葉中木
常緑中木
ハーブ類、草花
低木、花灌木、下草
バードバス、バードフィーダー
プランA~Dを見ながら意見を出して下さった皆様が、一様に納得の表情。私としてはホッとする瞬間です。すると皆様の興味は植物へ移行、これまたさまざまな意見や要望が出ました。とてもその場でまとめきれないと判断して、時間をおくことにしました。その間に院長ご夫妻を府中にある大きな植木販売業者の畑にご案内したり、近所の庭や公園の木を観たり。そんなふうにして植栽計画がまとまりました。
これが検討の結果でき上がった植物リストです。
これで設計完了。発注した資材がそろうまで数日かかるので、新宿のソフマック(パソコン量販店)のワゴンセールで見つけた3Dソフト『マイホームデザイナー』(9,800.)でパースにしてみました。当時は普段は手描きなのですが、どんなものかと使ってみたらすっごく便利。テキストを読みながら一日で仕上がりました。
明日はビフォー・アフターです。
屋外待合室andコミュニケーションandヒーリングガーデンの完成です。
Before
After
Before
After
明日も引続き完成写真です。
施工作業の仕上げ、植栽工事です。レンガや石材、まくら木などの堅いものを図面どおりにつくりあげる作業も楽しく夢中になりますが、植栽はまた違った興奮を感じる作業です。例えば樹木は規格が同じでも形は全て違います。ですから仕入れの段階から、土木や建築の感性とは違う感覚、“ イマジネーション ”がフル稼働するのです。実物の木を使って絵を描いていく感じです。ほんの少し植え方を変えるだけで絵の印象が大きく違ってきますし、必ずしもイメージどおりの木が揃うものでもありません。それを現場であれこれイメージしながらベストな絵に仕上げていくのです。お客さまの目の前で巨大な生け花をしている感じで、そのときの緊張とプレッシャーをエネルギー源にしながら右脳がギューンと唸りを上げていく感じ、途中から軽くめまいがするほど興奮してくるのです。お客さまにそんな“ 勝負 ”な感じを悟られるのも気恥ずかしいので、軽く微笑みながらのんきな雰囲気で作業をします。が、実は人知れず緊張とイマジネーションの渦の中なのです。そんな植栽作業のビフォー・アフターをご覧下さい。
Before
After
Before
After
まだ苗ものがほとんどで、劇的ビフォー・アフターとはいきませんが、これから医院の皆様や患者さんたちよって木々や草花が増え、育ち、時間とともに魅力にあふれた場所に仕上がっていくことでしょう。そして、そのことがこの庭のテーマだということを、お客様が充分に理解されていて、さっそく手入れや植え足したい植物のあれこれについて盛り上がりました。
明日は素材についてのあれこれ。
同じゾーニング、同じ立体構成でも使う素材によって庭のイメージは大きく変わります。例えばテラスガーデンでテーマが『リゾート』だとした場合、床を素焼きタイルに白セメントの目地、壁はジョリパットなどの着色セメントでラフに仕上げると“ スパニッシュ ”になり、床を鉄平石の乱張り、壁は建仁寺垣や築地塀にしたら“ 和風 ”になります。この例は単純にその国で使われている素材を使うことで○○風に見せるということですが、自宅の庭をイングリッシュガーデンにしたいとか、プロバンス風にしたいということはごく稀で、いかにして家族で楽しめる場所にするか、あるいは更年期をうまく乗り切るための庭にしたい、というような、もっとあいまいでセンスィティブな課題をクリアすることが望まれます。ですから、素材の発するイメージ、質感や色合いが庭のコンセプトに合っているかどうかを考えながら、慎重に吟味して決定していきたいと考えています。この素材の選択を間違えると、どんなに一生懸命つくってもお客様の期待に添わない庭になってしまうのです。
こんなことがありました。荒れてしまった庭を今風にリフォームしたいという年配のご夫人からの依頼がありまた。打合せのなかで「まくら木はおしゃれでいいわよねえ」というお話があり、それではと、まくら木を多用したナチュラルでアジアンテイストの庭をご提案しました。すると奥様の反応が一変したのです。曰く「まくら木を見ていると小さい頃の辛い思い出がよみがえって、庭をそんな風にはしたくないの」と怒りと悲しみが入り交じった反応で、考えが至らなくて申し訳ありませんでしたとお詫びしたものの、結局リフォームの話は消えてしまいました。私にはまったく思いがけないアクシデントでしたが、私の提案がお客さまを不快にさせてしまったことが辛くて、忘れられません。良かれと思って多用したまくら木が、奥様の記憶の開けたくない引き出しを開けてしまったのです。まくら木からこういう展開は初めてでしたが、焼き過ぎレンガではこれと似たことが何度かありました。若い人にはエキゾチックな感じを与えるレンガが、年配の方には空襲の焼け野原を思い起こさせる素材なのです。実際、東京で庭を掘っていると、あちこちで空襲のときのレンガの瓦礫が出てきて、何とも物悲しい気持ちになります。逆に、まくら木が幼い日の郷愁を、レンガが新婚旅行先の風景を想起させるといったこともあるわけで、その辺を注意しながら、お客さまと対話を重ね、反応を感じ取りながら、限りなくある素材から選択していくのです。
吉永医院の場合、最初の提案ではレンガをメインの素材にしていましたが、やはり空襲の話になり、患者さんに高齢者が多いということから使わないことにしました。そしてあれこれと検討した結果、まくら木とジュラストーンで構成することになりました。まくら木は郷愁を、ジュラストーンは柔らかさとなごみを期待しての選択です。ヒーリングガーデンや園芸療法で、この“ なごみ ”と“ 郷愁 ”はとても重要な要素で・・・。この話を始めると長~くなってしまうのでまたの機会にします。ついでに、今回選んだまくら木とジュラストーンについての施工上のポイントなどもまたいずれ。
もう一点、素材を選ぶときの注意点として、できるだけシンプルに、素材数を増やさないで構成することをおすすめします。デザイン的な見地から多くの素材を混ぜるというやり方もありますが、あまり深く考えずに「きれいだから」とか「予算の関係で」とか「何となく」で素材数を増やすとたいがいの場合失敗します。
この吉永医院、病院の庭という依頼で、私なりにずいぶんと勉強させていただきました。「患者さんのために」という院長の強い思いに引っ張られながら、また一歩前進できたことを感謝しています。