さっ、今日から新シリーズ、猪俣邸の外構と造園です。今日は外構のプランを。
いわゆる旗竿宅地で、道路から長い進入路があって、他の家の裏手に宅地があります。通りから入り込んでいるために静かな雰囲気が得られるという利点とともに、エントランスをどう仕立てるのか、表札ポストなどをどこに配置するのかなど旗竿宅地特有の設計ポイントがあります。
ご主人とあれこれ下打ち合わせした上で、こういうプランになりました。1番目のプランの下側が道路で、上に駐車場と建物。その上に次の2番目のプラン図がつながるという位置関係になります(分かりづらくてすいません)。
道路際に門塀を設けてそこに表札とインターホン、ここで立ち止まっていただく。そのまわりのレンガ張りを円形にして平面的にも「ここから宅地なんです」という感じを強調しました。そうしないとこの旗竿宅地の竿の部分がただの進入路になってしますからです。
そこから直線で入っていって、また円形に張り分けたレンガが、今度は玄関ポーチにつながっていく、これが意識の誘導。平面的な図形によってスムーズに玄関まで導きつつ、同時にひとつの世界観で包み込んでしまおう、そういう心理効果を生む場所として長いアプローチを使いたかった、とても理屈っぽくいうとそういう意図での設計でした(ほんと理屈っぽいですよね)。
その長いレンガのアプローチの奥が駐車スペースです。かなり広いこの場所を普通に土間コンクリートにしたらさすがに味気ないので、なんとか前庭感を出したいと考えて、スリットを入れ、仕上げは洗い出しに。ここでのひとつの問題は、侵入方向から左に折れて玄関があるということ。侵入方向の正面はブロック塀とフェンス、その向こうに隣家の裏手が見えるのです。こういう時に考えるべきことは、常連さんはご存知ですよね、そう『アイストップ』です。進行方向に目があたる何か、意識に入ってくる何かがないとスムーズに左に折れることができなくて落ち着かない構成になってしまうのです。歩いていって、何かに意識が当たって、その反動で方向を変える。そうするとそちらにはまた何かがあって、それが「こっちですよ」と呼び込んでいる。そういう仕掛けで誘導されていくと気持がいいのです。一般的にはこの導線折れの規模がもっと小さいので、アイスットップもプランターにコニファーを芯とした寄せ植えとか、表札を取付けた枕木が立っている程度で十分ですが、今回は規模が大きいのでそうはいきません。で、駐車場の奥にアイストップとしてコニファーガーデンをつくることにしました。庭ワンコーナーがそっくりアイストップというわけです。
来訪者が、まずはインターホンを押して、レンガの張り分けと植物を楽しみながら坂道を歩いていくと目の前に景石を組み込んだコニファーガーデンが現れる。その左側にさらに庭が続いていることを予測させます。そんな心象を経て玄関ポーチに上がって再度ドア脇のインターホンを押す。ほんとに些細な心の動きを予測したストーリーに基づいた空間の組み立てなんですけど、こういうことが設計なのです。こういうことを考えないで「ご主人はどんな素材がお好みですか」とか「コスト的には全面コンクリートがいいんじゃないでしょうか」そんな感じで外構を考えたら、家の印象、この家に暮らす家族の印象、ご家族と来訪者(社会)との関係性、そういうことが全く違ってきてしまうのです。
あぁ、こうして解説すると理屈っぽいんだなあ。でもまあそういうことなんですよ、理屈で設計しないとその空間に意味は生まれない。それを解説するんですから理屈っぽくなるのは当たり前なのです。
昨日は外構、旗竿敷地の竿の部分をどう考えてどのように構成したかを解説しました。その一部には『コニファーガーデン』がありましたが、あれはあくまでも外構の構成上の、アイストップとしての庭で、本来の庭スペースは家の裏側にあります。
ご主人が最初にお持ちだった庭のイメージは芝生と雑木林の庭、何かのパンフレットに載っていたそういうイメージの写真を見せてくださいました。そして奥様は庭の一部にトレリスに絡ませたり鉢植えをコレクションしたローズガーデンをご希望。そのふたつのイメージに、私からの提案、外の部屋、過ごす場所としてのウッドデッキ。この3つの空間をどのように組み立てるか、そういう感じで設計に入りました。
その全景がこれです。右側が奥様ご希望の『ローズガーデン』、中央部分がご主人がイメージしていた『芝生と雑木林の庭』、ただしここは日当りを考えると芝生は難しいと判断して『雑木林・自然景の庭』としました。そして左側が『外の部屋・ウッドデッキ』です。
ローズガーデン
雑木林・自然景の庭
外の部屋・ウッドデッキ
横長長方形のスペースを3つのゾーンに分けて、いつもはけっこう間取りをするようにきっちり区分することが多いのですが、今回はボーダーをなじませて、全体でひとつの庭として感じられるようにしてあります。
何だか久しぶりに庭っぽい庭といいますか、季節感の中にどっぷりと浸れる庭プランとなりました。
今回はアプローチから駐車場、正面のコニファーガーデン、左に折れてローズガーデン、自然景の庭、ウッドデッキと延々ビフォー・アフターをご覧いただきます。1度にアップできる写真の枚数が限られているので数日かかると思いますが、各部の解説は後回しにしてさらっと、淡々と続けます。
Before 1
After 1
Before 2
After 2
Before 3
After 3
Before 4
After 4
今回使っているレンガは、毎度おなじみのヤキスギレンガ。赤煉瓦倉庫のレンガと同質のものです。耐久性と時間が経った時の風合いがダントツにいいので、いつのまにやらほとんどの現場でこれを使うようになっています。
Before 5
After 5
Before 6
After 6
Before 7
After 7
一昨日のヤキスギレンガのはなし、補足します。
今年の春『日本レンガ』という会社が廃業しました。元は渋沢栄一翁が日本を列強に負けない国家にするためには西洋建築を取り入れなくてはならないと考え、そのための建築資材を供給する会社として立ち上げたと聞いています。東京駅も赤煉瓦倉庫も、その日本レンガの資材を使っているそうです。そう考えるとこのレンガ、とてもロマンを感じます。
そういう歴史は別にしても、実際性能のいいレンガでして、まず強く焼いてあるので固い。これで囲炉裏をつくってガンガン火を焚いてもはじけることがありません。それからきめが細かくて気泡が少ないのでカビや苔が生えづらくて、時間経過でいい感じに古びて風合いを増します。
囲炉裏の素材としては耐火煉瓦の方がいいのではというお客様の声もありますが、耐火煉瓦というのは熱遮断を重視したレンガでして、気泡が普通のレンガよりも多い。レンガの中に空気が多く入っていることで外側に熱を伝えない、そういうふうに作られています。ですから大概強度は低くて、ボイラーに使う本格的な耐火煉瓦などは雨に当たって水を含むと簡単に割れてしまいます。まあ土で作ったスポンジのようなものです。
囲炉裏の場合は熱遮断よりも耐久性ですから、火に当たっても爆ぜない固いレンガ、このヤキスギレンガがベストだと思っています。
このレンガを多用するもうひとつの理由は、昔から使い続けられているものなので廃番にならないということ。ホームセンターでは派手な輸入レンガが主流でこの手のものは置いていなかったりしますけど、街道沿いの建材店には一年中置いています。この廃番にならないということが実はとてもありがたくて、例えばこのレンガで庭に通路をつくったとして、後々花壇や囲炉裏を増設しようとする時に、それが何年後であろうと同じレンガが手に入るということなのです。庭でも外構でも素材数は少なくしたいもの。建材屋さんのサンプルガーデンみたいにいろんな種類のレンガが使われている庭や外構はそのことだけで落ち着かない雰囲気になってしまいますから。
ヤキスギレンガの長いアプローチ、その奥の駐車スペース、そのまた奥の正面にコニファーガーデンを設けました。これは植物としてコニファーを楽しむこと以上に『アイストップ』という効果を狙ったガーデンスペースなのです。コニファーじゃなくても、例えばここに壁を立てて、それを背景として背の高いソテツが植わっていてもいいですし、柑橘類を数本植えて果樹園にしてもいい。必要なのはこの場所に背よりも高くてその存在が意識にしっかりと入ってくる、そういう構成なのです。
Before 8
After 8
道路から入り込んだアプローチを歩いていくと、正面にドーンと。
Before 9
After 9
しっかりとそこに意識が当たってから、左側に見えるアーチに誘われて左を向くと、そこにはまた違う場面が。
Before 10
After 10
無意識にそっちに向って歩いていきたくなる、これがアイストップの効果なのです。
このアイストップという仕掛けは外構設計で有効な手法として専門学校のテキストなどで扱われていますが、もちろん庭でも使えます。というかもともと造園的なテクニックだったのだと考えるべきでしょう。それは京都の庭を歩くとよくわかります。いたるところにこの手法を感じることができます。・・・京都かあ・・・東福寺のモミジが見頃だろうなあ・・・。おっと、意識が京都へ飛んでしまいました。まあいいか、いつものことだ。あてもなく歩いていて次々発見がある街、それが京都ですよね。何日歩き回っても飽きることがない。観光ガイドに載っていない山寺を覗いたり、町家の玄関アプローチである延べ団だけを観察しながら歩いたことありました。「そうだ、京都へ行こう」と言いたいところですが、何せ年中無休でも追いつかない忙しさですから無理。あと何年かがんばったらそういう余裕が生まれるのかなあ。まあとにかく、今は仕事仕事。そうそう、はなし戻して、アイストップですけど、この意識が当たって、次に誘導して、場面が変わる、これをインテリアに活用すると、見慣れた我が家にストーリー性や仕掛けが生まれて、ドラマの舞台みたいになることでしょう。自宅でドラマ、主人公はあなた、どうでしょうかそういうの。
さあでは庭に入っていきましょう。まずは奥様のリクエストで設定した『ローズガーデン』とその周辺。
ローズガーデンといってもまだバラがほとんど植わっていないので、『これからローズガーデンにするための庭』なんですけど。秋のバラシーズンで園芸店にちらほらと並んでいますが、まあ本格的には春からですかね。構成としては部屋からすんなり出られるレンガ階段、アーチとトレリスと鉢を置く広場、フォーカルポイントとしてレンガの立水栓です。
Before 11
After 11
Before 12
After 12
その奥にご主人のイマジネーションから発した『雑木林・自然景の庭』が見えます。
Before 13
After 13
Before 14
After 14
そうそう、この立水栓、ヤキスギレンガとマリンライトとアンティークのな感じの蛇口。後日アップでご覧いただきますけど、これがヨコハマなんですよねえ。どうです、そう思うとヨコハマっぽいでしょ?ちょっと強引ですかね。
さらに奥へ進んでいきましょう。『雑木林・自然景の庭』と『外の部屋・ウッドデッキ』です。
Before 15
After 15
Before 16
After 16
Before 17
After 17
Before 18
After 18
全体的に流れる感じで、それぞれの場が他と隔絶されないことを意識しました。
旗竿型宅地なので、アプローチの入口に何かしら奥にある家の存在を示す何かが必要です。そしてその何かがこの家の第一印象になる。今回は思い切って大きめな塀を立てました。そこに表札とインターホンを設置。機能的にいえばこんなに大きな塀じゃなくても、インターホンがセットされた機能門柱で事足りるのですが、余白も含めたこのくらいの大きさがあると、「きっとありきたりな家じゃなさそうだ」とか。「きっと楽しい方が住んでいるんだろうなあ」、そんな感じを与えられるのではないかと。どうもあの機能門柱が好きになれなくて・・・、まああそれはまた別の機会にするとして、塀の形も表札をセンターとしたかまぼこ型で家方向に向かって意識を誘うように伸びていくようにしました。
表札はアイアンの文字表札。通路の反対側の植え込みに隠したスポットライトで、夜はこれがライトアップされます。
設計ではこのレンガ通路、直線部分のセンターに芝生を入れてありましたが、「シンプルな方がいいかな」というこになりまして、このようにゆったりしたレンガ道になりました。秋のレンガ道、ギルバート・オサリバンの『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』が聞こえてきそうです(ちょっと強引ですね)。
でもまあ気分いいでしょうねえ、お出かけから帰って来たらこのレンガ道を通って家に入るんですから。
レンガ道はそのゆったりした幅のままで玄関へとつながっています。
いいないいな、あらためて見るとこの直線と曲線の貼り分けのアイデア。ほんといい効果を出しています、と自画自賛。
スロープの途中に木工フェンス。これは目隠しというより立体構成のために設置しました。
この長い坂道を歩きながらひとつの世界感を味わっていただきたいという狙いからです。ひとは自分より背の高いものに囲まれた時にようやく空間をひとつの世界として認識するものなのです。
レンガ道の長いアプローチの奥が駐車スペースです。普通の土間コンクリートだと味気ないので仕上げを洗い出しにしました。造園でいう洗い出し仕上げは、玉砂利を練り込んでもっと繊細に骨材(コンクリートの中の砂利)を研ぎ出すやり方、この場合は普通の生コンを打設した後に翌日表面のセメントを薬剤と高圧洗浄機を使って洗い流すというものです。ですからまあ『洗い出し風』といったところでしょうか。
仕上げ方とともにコンクリートの味気なさを消すための手法として、スリットを入れて化粧砂利(色のついた砂利)を敷き込んであります。これは広い面積をコンクリート仕上げする際の割れ防止にもなります。
そしてその奥、アプローチを入ってきた時のアイストップとしてのコニファーガーデン。その手前側にはスリットに入れたのと同じ化粧砂利を敷き込んで雑草押さえにしています。
この砂利のスペースにはもうひとつ意味があって、それはここも空間的には駐車スペースだということ。タイヤは土間の部分まででも、車体はこの砂利の上まで入り込める。一般的にはクルマの大きさを考えてそのエリア全てをコンクリートにするところだと思うのですが、使い勝手を変えないで極力コンクリートの面積を少なくしようとするとこういう発想になるのです。
コニファーガーデンはアイストップとしての駐車場側からの見え方とともに、庭(ウッドデッキ)側からの見え方も意識してあります。この風景です。その理由は数日前に書いた通りで、このコニファーガーデンのもうひとつの役割、デッキから眺めた時に奥が深い(構成的に)庭を感じていただくためです。
もう一度最初の写真に戻ってみていただきたいんですけど。どうでしょうか、コンクリートがけっこう面積広いのに味気ない感じしないでしょ。それと撮影前に数日雨が続いたのでうっすらと苔が生えて緑色になっています。これもまた良し。えっ、苔はいやですか、そうかなあ、私はいいと思うんですけど。山手や鎌倉に点在している洋館、苔だらけですよ。まあそれが気になる方は洗い出し風仕上げにしなければ大丈夫。普通に仕上げれば苔はほとんど生えません。
奥様リクエストのローズガーデンです。バラはまだこれからですけど、イメージとしては立水栓の背後のパネルと入口のアーチにつるバラが茂って、円形テラスには鉢植えのバラが多数。そのまわりの植え込みスペースに地植えと何本かのオベリスク、そういう感じです。
まずはアーチ。子供はトンネルがあるとそこをくぐりたがるものです。これってのは人の本能的な衝動なんでしょうね。アーチがあるとその奥への期待感が高まりますし、そこから先が特別な空間であるということも演出してくれます。同時に立体構成が整う。次の写真のアーチと木製パネルがなかったらどういう感じになるかをイメージしてみてください、円形テラスの平面的名図形だけでは空間が成立しませんよね。
円形の中心線上に立水栓とパネルがあります。パネルはタカショーのe-ウッドパネルで、普段目隠しとして多用している目の細かいタイプです。上部が直線のものと曲線のものがあって、今回は曲線を使用しています。理由は円のセンターを強調するため。
このパネルに白い大輪のバラを誘引して、夕暮れになると花がマリンライトで浮き立って見える。ゴージャスです。
はなしいきなり変わりますが、白い花というのは夜行性の昆虫を誘うと言われています。夕闇でも浮き立って見える色。今さらですけど、花は何のために咲くのかというと受粉するためです。そのために花粉を運んでくれる昆虫を呼び寄せなくてはなりません。その方法はいろいろで、強い香りを放ったり、花弁の形で誘ったり、色で蜜の在処を知らせたり。バラは香りと色で昆虫を誘います。
このバラの香り、いわゆるオールドローズと呼ばれる、マリーアントワネットの頃にヨーロッパで交配されたものが最もよく香ります。その後改良を繰り返して限りなく品種が増えていったハイブリッドと呼ばれるものはあまり香りません。見た目の美しさを優先して進められた新種改良によって香りは消えていってしまったのです。
私は原種に近い方がいいなあ、バラも女性も、おっと、変な話になってしまいましたが、我が家に咲いている原種のバラの名前はカオリです。何のこっちゃ!ですね。そうそうその我が家のバラは最近お母さんの介護でしょっちゅう姫路まで行っています。どのお宅にもやってくる親の介護、大変は大変ですけど、ちょっとうれしいこともあっりました。それは現在母が入院している病院の看護婦さんから言われた言葉、「お母さんは明るくて社交的な方なんでいいですねえ、患者さんによっては入院するとずっとふさぎ込んだままの方もいらっしゃいますから」、気分が重くなりがちな状況下で、うれしいひと言でした。確かに、うちのバラの母もまた大輪のバラなのです。「明るく社交的かあ」、反面バラは思いっきり我がままな花でして、環境が悪いとうまく咲いてくれなくてすぐに病気になるし、、手入れには専門知識が必要だし、肥料は高価なもの程よく効くし、それも大量に・・・、あぁやっぱりそっくりです。えっ、愚痴っているんじゃなくて、それを世話するのが我々バラ愛好家の宿命なのです。トゲの痛みに耐えながら一生懸命世話してるのに花咲かない時は頭に来ますけどね、引っこ抜いてやろうかと思ったことも実のところ何度もあり・・・。まあいろいろありながらもせっせと世話しています。
うちに設計依頼してくださった時から、すでにご主人の中には庭のイメージが出来上がっていました。『芝生と雑木林の庭』。パンフレットか何かの写真を見せてくださいまして、それはとてもナチュラルで、落ち着いた雰囲気の庭風景で、その庭を眺めながらの、ゆったりと充実したリビングでの時間が連想されるものでした。
ご要望なのでもちろんその写真を参考にしてプランニングを始めましたが、現地の様子から「こりゃあ芝生は無理があるなあ」と判断。お向かいとこちらの両方の家が結構背が高く接近しているので日照が足りないと思ったのです。何とか枯れずに生息する程度は大丈夫なんですけど、せっかく芝生の手入れに手間かけるわけですからベストな結果が得られない提案はできません。で、『芝生と雑木林の庭』ではなくて『雑木林・自然景(自然を感じる風景)の庭』を提案。ご主人にも納得していただけました。
ガーデンデザイン的にはこういうのがオーソドックスなんでしょうけど、考えたら久しぶりの庭っぽい庭の設計で、何とも楽しい時間でした。設計しながら自分の縮尺を図面のサイズにスケールダウンして、自らその仮想庭を歩いたりしゃがんだりするといういつもの空想行動。風を感じ四季折々をワープしながら庭を行ったり来たり。描き上げるまでに何往復もします。
庭の一番奥がウッドデッキです。いつもはウッドデッキやテラスといった『過ごす場所』を庭の中心として位置づけますが、今回は特にそういうことではありません。ご家族のライフサイクル的に、ウッドデッキでわいわいと過ごすというシーンは数年後かな?今はご夫婦が静かに本を読んだり、庭の自然を感じながらゆったりとした時間を楽しむ場所。でも何年かしたらお孫さんのいい遊び場になって、夏はプール遊び、おもちゃだらけになる、そういう先々もイメージして設計しました。
正面はキッチリと、縦張りの木工フェンスで立体構成して、『モダン和風の外の部屋』感を出しました。
そして庭に目をやると深い雑木林。数年後、この木々が生長して枝の位置も上がって、雑木林の間から奥様が丹精した咲き乱れるバラが見え、その背景にはコニファーガーデン、そういう庭になります。
玄関ポーチの脇に立水栓、蛇口を2口にしてあります。1個は洗車のためのホースをつなぎっぱなしにしておくためです。
そして庭の方にもう1個、ローズガーデンのフォーカルポイントとしてレンガとマリンライトの立水栓があります。
いいでしょ、この取っ手の彫刻。群馬の宝泉製作所のものです。5年前のある日(天気のいいさわやかな日でした)、港南台の店に突然現れた宝泉の社長さん。元気な元気な、めちゃくちゃ元気なおじちゃんで「こんなのつくったらおもしろいかなあと、あれこれ考えてはつくってます」と製品カタログを持参されて、一時間ほど夢いっぱいに語って「じゃあまた!」と言って帰っていきました。突風のような人です。それ以来使い続けている宝泉の蛇口、中でもこの『えなが』が一番好きで、お客様にしょっちゅう提案しています。社長さんによると、これをつくった方はお父様が有名な彫刻家で、自分も彫刻をやってはいるものの父親とは違って商業デザイン、美術品じゃなく商品として彫刻をやっていきたい、そういう考えで制作しているのだそうです。その方の中にある親子の葛藤や、アーティストとしての思いははかりようもありませんけど、ただ、この取っ手にものすごく惹かれるものがあったのでその話題になりました。社長さんも我が意を得たりとうれしそうに解説してくださって、それによるとえながという鳥はきょろきょろしながら飛ぶんだそうです。そのえながが横を向いているところをデザインしたそうでして、それを聞いてますます魅力が増しました。蛇口の取っ手にそういうこだわりが込められているということが楽しい。しかもこれ、とっても使いやすい形なのです。
ライトはいつものマリンライトがこの立水栓の上と、
デッキ前のフェンスと、
あと長い玄関アプローチに何灯かあります。
それと雑木林には木を照らすアッパーライトが数灯。
今回は夜景の撮影をしていないので残念ながらご覧いただけませんけど、情緒たっぷりな夜の庭になっています。
長いレンガ道のエントランス、その両脇に細長く植栽スペースがあります。当初ここには常緑のツタ(ヘデラバリエガータ)を植えつぶす計画でしたが、ご主人がいろいろと植えられて、ご覧のようにリーフ系(葉を楽しむ植物)の混植という、一見地味ですけど見始めると見飽きないといいますか、ガーデニング趣味の方には興味津々なできばえになりました。
遠目には草むらですが、個々に観察すると実にいろいろな色と形の葉っぱコレクションです。
ご主人が植えた葉っぱコレクションのつづきです。
どうでしょうか、こうして並べるとなかなかおもしろいでしょ。
こういうことに凝り始めるとやめられなくなるのが男の習性なのです。コレクション癖。おそらく太古の昔からの狩猟本能の名残なんでしょうね。
ご主人の葉っぱコレクションのレンガ道を上がりきると、玄関脇に木が植わっています。エゴノキ。しょっちゅう使っているこの木についてあまり解説したことがなかったので、今日はそれを。
エゴノキ〈別名:チシャノキ〉エゴノキ科エゴノキ属の落葉中高木(樹高5~10m)
原産国:日本、朝鮮半島、中国
日当りがいい場所に植えると、ゴールデンウィークごろからスズランのような花をたくさんつけます。病害虫の被害がほとんどなくて、四季折々美しい木です。数年前まで人気NO.1だった娑羅の木がチャドクガで敬遠されがちになって、今このエゴノキがダントツ人気。玄関先のシンボルツリーや庭でもメインの木として使われます。剪定は自然樹形を崩さないように、枝を抜くやり方がいいでしょう。
エントランスのリーフ・プランツからイメージがつながる感じで、駐車場正面にあるのがコニファーガーデンです。コニファーもリーフ・プランツと同じく葉と姿を楽しむものなのです。
コニファー類は大きくふたつに分かれます、グリーン系とブルー系。グリーン系のエレガンテシマやヨーロッパゴールドは冬場、霜に当たると茶色くなりますが、その分春の芽吹きが見事です。黄金に輝く感じ。スワンズゴールデンやゴールドライダーなど、名前にゴールドとつくものが多いのはその特性があるからです。対してブルー系は一年中青白くヨーロッパ的な雰囲気を演出してくれます。
色的にはこの二系統ですが、樹形はまた色とは関係なくふたつに分かれます。立ち性とほふく性です。これらを取り混ぜて、その色と形の違いや組み合わせをハーモニーとして感じるように仕立てる、これがこつ。
コニファーガーデンといっても、コニファーだけでまとめようとすると不自然で息苦しい感じになってしまうので、エントランスと同じようなリーフ・プランツやクリスマスローズなどの地味めといいますか、静かな感じの草花を添えました。
そしてアクセントとしてコルジリネを1本。効くんですよねえこれ、コニファーと比べてこんなに小さいのに、場の雰囲気を一気に楽しげにします。しかも自分が主役にはならないで。コルジリネ、名脇役なのです。
全体の構成の中で植物的に一番華やぐ場所がローズガーデンです。とは言ってもまだ本格的には春からなので、今はまだ助走期間。いくつかのバラと花を楽しむ草花が植わっています。
春の華やかさには負けますけど、秋もバラのシーズンです。港の見える丘公園にあるバラ園にも観光客が大勢押し寄せていて、横浜港からの寒風に混じるバラの香りを楽しんでいました。
5月末の春のバラは壮絶な美しさ。あちこちでオープンガーデンも開かれて、歓声と笑顔があふれます。それに対し、秋から冬のバラは、凛とした美しさがあります。
『自然景の庭』の灌木・低木と草花をご覧いただきながら、今日で猪俣さんちは終了なので、印象的だったことをあれこれ振り返ってみたいと思います。
まずはご主人、とっても上質な方という印象を受けました。打ち合わせで何度かお会いした時も常に穏やかな笑顔で、的確に実現したいイメージをこちらに伝えてくださいました。今まで何度か出会ったこういう感じのお客樣方、IQ、EQ、ともに高くて、人間的にもバランスよくて、基本おだやか、そういう皆さん。家庭も仕事も理想的な展開で、各方向からの評価も高くて、充実したみごとな人生を送られています。誰もが目指したいその暮らしぶりといいますか、生き方といいますか。しかしそれが、真似したくてもなかなか真似できないところに、人間の難しさやおもしろさがあるのでしょう。私などはストレスたまると苛つくし、疲れがたまると思考停止で惚けたようになるしで、その上質な世界にたどり着くための体力も精神力もありません。でも今はとても真似できなくても、こういう方に出会うたびに、進むべき方向だけはハッキリする、これがありがたいことなのです。お客様や、ここんところお忙しいのにかまってくださっている北原照久さんもそうですけど、自分の現在地と目的地の方向を教えてくれる灯台の明かり。ほんと感謝です。
庭は久しぶりに植物で構成する部分が多い、いわゆる造園的な内容でした。楽しかったです。そしてこのシリーズの前にご紹介した造園家の田村さん、彼の力に負うところが大きい仕事でした。ご主人とも意気投合して、いっしょに植木を選びに行ったり、ご主人がイメージする雑木の庭をそのイメージ以上に実現してくれました。これまた感謝。
設計的には旗竿宅地だったことで、頭の中でパズルが組み上がるまでが大変でしたけど、途中からレノンが降りてきて全てを解決できました。えっ、レノンが降りてくるってのは天の啓示があるってことなんですよ。一般的には『ミューズが降りてくる』なんでしょうけど、私の場合は昔から降りてくるのはレノンなのです。詳しくは2006年1月19日の『レノン降臨』をご覧ください。
この庭はまだ花を生ける前の器のようなものです。来年、再来年、5年後10年後に、この庭を舞台として展開されるであろう様々な幸福なシーンをイメージして設計しました。実は猪俣さんちはすぐご近所なのです。ですからいつでものぞきに行けるので、この庭がどう彩られて進化していくのかを眺めることができます。私の日常にまたひとつ楽しみが増えたというわけです。