昨日はどしゃ降りと晴天を目まぐるしく10回ほども繰り返すという空模様で、越後の盆地育ちのぼくは懐かしい気分になりました。
ティータイム『夏の風物詩』
癒される〜
夏の癒しは冷やすことと見つけたり。
山沿いの集落では小規模な雷雲が発生しやすいため、このように、急に降ったり晴れたりするのが夏後半の天気で、だから絵日記の天気の欄には晴れのち雨が並ぶのです。
子どもの頃、ゴロッと鳴ったら川から上がれ、濁ってきたらすぐ逃げろと、大人ではなく年長のガキ大将から教えられ、「水がくるぞー、逃げろー!」と叫びながら土手を駆け上がったりしたものです。他には赤い葉っぱと赤いベビは危険とか、崖に生えている草は抜けないからつかまっても平気とか、佐藤さんちの畑は爺さんが夕方しか来ないから昼間は獲っても捕まらないとか、危機回避を遊びの中で継承するのが魚沼の子らの伝統でした。
おかげで流されることも、噛まれることも、落ちることも、捕まることもなく成長できましたが、裏表がわからぬほど日焼けしていたガキンチョは、気がつけば、気づかぬうちに、まごうことなき大人になりまして、はてさてこうして流れ着いた都会暮らしの危機となると、それはまた別の話。
夏は心の鍵を甘くするわ、ご用心。あぶない、あぶない、夏はほんとにご用心。それでもがまんなどできなくなる、きらきらしたきらきらした太陽の下。灼けたからだの砂が、こぼれて落ちる夏の午後。とは、阿久悠先生の警鐘か、扇動か。どう考えても扇動でしょうな。となれば、サマー・オブ・ラブも風物詩ということで。ただしひどい火傷を負わぬよう、夕立が来たら庭へ出て、来なかった日は夜風を浴びて、ティファールのごとくにあっという間に沸騰する頭をクールダウンさせながら。
あ、恋のお相手は庭ですけどね。次々と、いちいち本気でのめり込める惚れっぽさを抜きにして、庭を思い描くことはできないのです。
今日も思いの丈を線に込めて、庭に熱中症。