唐突ですけど、今日はソクラテスのため息。
当世評判の知恵者との対話によって、物事の本質を探究しようとしたのが哲学の父と呼ばれるソクラテスです。無知の地(私は無知であるという自覚がある)という言葉が有名ですよね。
ソクラテスは当時の権威である自然学派(科学者)の論客と、コロシアムで公開討論バトルを繰り返しては論破し勝利してゆきます。しかし時に言い負かされそうになると、悔し紛れに『無知の知』を持ち出し「あんたは何でもよくご存じですね。私は無知の自覚があるという点において、そんなあなたよりも優れている」てなことを捨て台詞にしたという説が有力なわけで、なんだかなあ〜とも思いますが、そこが歴史に残る負けず嫌いの頑固者らしいエピソードであるとも言えます。
彼はもっぱら物事を単純化することで、幸福の鍵とも言えるひと言を探り当てようとしました。それはもしかしたら、複雑な論理で挑んでくる学者や識者の論法に巻き込まれないために編み出した、彼独自の戦法だったのかもしれません。例えばこういうふうに。
ソクラテス殿、噂によればあなたの女房は相当の悪妻だという評判だが、女房ひとり思うようにコントロールできないのに、アテレーなどという概念を持ち出して民を惑わすのはいかがなものか。もしもその論が正しいのだとしたら、まず手始めに女房を良妻賢母に改心させて見せよ。
う、痛いところを。確かに我がワイフは鬼嫁だ。口を開けば文句を言うし、家事はしないし、金遣いは荒いし、酒癖は最悪。何よりきついのは世の中の不条理と自分の不満は、全て私に責任があると決め付けて責め立ててくるところ。こないだなんか拉致問題はあなたのせいよ!と絡まれた。トランプが当選した時もそうだったし、悲惨な事件や天災が起こる度に「あなたが無能だから、あなたのやり方が間違っているからこうなるのよ」となじられたよ。
ほらみろ、その悪妻に翻弄されて苦しんでいることの憂さ晴らしに、そうやってラップバトルのように論争を繰り返すなど、まったく、みっともないぞ。こんなことをする暇があったらマザーテレサが言うように、早く家に帰って家族を愛しなさい。
なるほど、至極真っ当な忠告だ。だが貴殿と私の妻への愛情量を計量化したとしよう。間違いなく私の圧勝だよ。なぜならこれだけの苦難を背負いつつも離縁せずに言いたい放題を続けさせているのだから。貴殿にはとてもできない、できっこない愛情の為せる技なのだ。
ふん、さすがの詭弁だね。自分が不幸であるほど愛情量が大きいなどと、そんな戯言には誰もそそのかされはしない。
そそのかすとは酷い言いようですな。愛情が苦難によって磨かれ育まれてゆくことを知らない貴殿に、どんな論理を駆使したとしても物事の本質など解明できようもない。よいですかな、像が踏んでも壊れない幸福とは、像に踏まれないと証明できないのですよ。愛ですよ、愛、愛情大きければあらゆる不幸は昇華される。イバラの道がバラの道になるのだ。
マスク姿でディスタンスを取っていたオーディエンスによる、歓声の代わりの足踏みが地響きを立て、軍配はソクラテスに上がったのでありました。